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  • 2010.04.07 Wednesday
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苦悩の果てに・・・Labyrinth in poststructuralism

久しぶりにブログ書いてみます。ここは、はてな○イアリーのように不意に知らない読者が増える場所ではないので、やっぱり極めて個人的なことも書きます。とゆーか、この記事はある種のカミングアウトです・・・orz 大体書き起こした後の感想だが、悩みすぎ・・・自分頭悪すぎ・・・と自分で若干ひき気味になるくらい思う。

実は、最近いろいろ将来について、卒論・研究について思い悩んでいて、軽度のうつ状態にすらあったかも知れないくらいの状況でした。だから、亀田問題はおろか、民主党党首、小沢氏のパフォーマンス辞任発表+辞任撤回のことも、サブプライムローン問題の対処への不信任による株価・外貨の値動きについても触れる気になれず。。更にニコ動やスポーツナビブログ等のネット書き込みを見ていたら、この精神状態に陥る原因となった『言論の力への不信任』に拍車をかける形で僕の中に情報として入っていった。心の現代病とかいうけど、ある種の書き込みをする方々も、自分自身も疾患しているような感じすらします。

さて、僕が現在の卒論テーマに対して無気力になった理由は、その結論から得る虚無感にあり。。多文化主義(Multiculturalism)とは何ぞや?という基本的な疑問に対して調べているときに、いくつか妥当な議論はされているものの、最後には『誰もが納得する答え・定義などはない』という帰結に行き着くという逃れられない道筋があることに気づいた。。右派・左派のみならず、分類すれば5種類ほどある諸多文化主義。特に、いわゆる知識人による右派・左派の批判合戦など、考え方の違いにより起こる人間の争いは、ローカルでもグローバルでも終わることがないことを想起させる。

ここで、僕は自分の明確な立場を決めるべきなのだが、a)それぞれ良い点が見られるから分類されたどれかに終着点を置きたくない(5種類のハイブリッド理論構築みたいな感じ?)、b)だがそれは果てしなく遠い道のり(っていうか卒論レベルでは完全に追求不可能で、まあ10数年かけて答えを見つけるべき問い)、c)だからといってマルチカルチュラリズムを主題に研究する理由が無い(将来の仕事に関連して)、d)そもそも修士を終えて就職と考えていた輩の具体的な研究って・・・?などと思い始め(行き着く先は結局会社員しかないだろうと思い込んでいたのかも知れない…><)、e)やはり進学に当たっては職業と勉強内容が合致するテーマの方が良いのではと今更考えを改めたくなってきて、f)日本の英語教育への関心から、英語の先生になるっていう道もあるな〜という安易で恣意的な進学理由が僕の心の中で強くなってきたという、ヒドい考えの変遷を経てきた。

この点は今も頭を悩ませているところ。。進学先が決定していればもっと悠長に考えられるのだが、まだ決まってないから余裕が全く無い。。誰か助けて下さい(失笑)


ここからは僕をニヒリスティックにしたポスト構造主義、特に脱構築についてうだうだと書いたので、興味のある方だけ続きをご覧下さいということにします。


形而上学的世界から脱却したくなったものの、考え方がポスト構造主義というか、脱構築理論に影響されたから、気になる事象は脱構築の考え方を利用しがち(勉強不足だからその考え方も恐らく不完全…)。ポスト構造主義の中核であろう脱構築化による自分にとって新しい視点は、最初はこういうアングルで事象を理解することもできるのかと、とても魅力的なものだった(例:日本文化=国民国家主義で統率されたイデオロギー[日本人、日本語も同じ]、つまり地方文化[関西人・沖縄人や方言]の存在を蔑ろにしているという見方)。

僕の理解での脱構築を『日本文化、日本人、日本語』を例にとって簡潔に記すと、

日本文化、日本語、日本人(論)の「あってないものの構築」を解体し、アイヌ文化や沖縄文化、方言、関西人や道産子というカテゴリーの存在に着目することにより、日本なにがしがいかに国民国家による一般化・標準化によって生み出されたイデオロギーであるかを証明する考え方である。


といった風になるんだけど、語る前にまずデリダをあたれといった感じですな・・・。
いつまでも中途半端で不真面目な学生だなと、自省する日々です(泣)

しかし、脱構築は、新たな別のものを再構築のためにも用いられる(らしい)。これを例によって日本なにがしで考えてみたいのだが、僕にはむしろこんな感じに見える:

脱構築により見えた日本文化、日本語、日本人のカケラたちは、日本なにがしと同様に社会的に構築された「イメージ・(方言)・表象」として存在することも疑いようのない社会的事実(social fact)でもある。外国文化と対立して形成された(はずの)日本文化と、国内の様々な要素からある意味中央集権化されて作られた日本文化はそもそも出発点が違う。


うん、この脱構築を多文化主義の「文化」というキーワードに当てはめた場合、「文化」という単語の定義はおろか、恣意的に使われすぎていてもはや何を意味するのか明示的に説明されていない限りよくわからない、ということになる。もちろん、本を読んでいれば必ず「文化」という単語に触れられてはいるものの、多文化主義の発端が動的社会にあるため、すべてカバーするのは不可能。苦肉の策で僕の卒論は「文化」という単語がいかに恣意的に使われているかを指摘するに留まる、『で、結局なんだったの?』と自分でも思ってしまう結論に達するっぽい。それか、うまいことそこをブルデューのハビトゥスでごまかすか・・・(TT)

何にせよ、興味が薄れたなんて関係なく、卒論は執筆して提出せねばならない。
ので、満足いかない結論でも書いて仕上げなきゃ。。。




i don't really have anything to write in English...

but anyway it's true that i've been blind cuz i can't realise how stupid these worries are... well except for thoughts about the near future.

i was just afraid of concluding my thesis in this annoying way at the end, which readers would feel like... "what!? is it nothing after all!? how rubbish!".

without any doubt, it is simply my fault that the thesis won't be good quality.

all the thing i need is "security". i just wanna belong to one postgraduate school to accumulate more knowledge before working...

ah, how weak i am...


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  • 2010.04.07 Wednesday
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  • 04:55
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コメント
カズキ!久しぶりにブログを見たよ〜最近卒論で毎日PCに向かってると頭がおかしくなりそう!後1週間がんばろー:)
  • Irina
  • 2007/12/04 9:45 PM
僕がブログちっとも書いてないからね〜。。
できれば水曜に出して早く解放されたいね・・・!!
  • Kazuki
  • 2007/12/10 10:25 PM
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