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  • 2010.04.07 Wednesday
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私の言語観・・・英語学習のモチベーションの歴史

鈴木孝夫の『日本人はなぜ英語ができないか』(岩波書店)をだいぶ前に読み終えました。サッサとレビューしろって感じなのですが、履修を考える期間というのはバタバタしてペースがつかめないものなのかな。それとも、甘えてるだけ・・・?

多分、後者です。。とにかくこの記事では自らの「言語観」を振り返る目的で数週間前からだらだら書いています。一応の完成に至ったので公開してみます。後で追記をするかもしれないので、4/20 23:30と目立つように示しておこう。

僕の「言語観」を小学校6年生、中学校時代、高校時代、大学学部時代、大学院(現在)と段階的に記してみました。自己反省することで、何か見えてくるかもと期待してます☆

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国民年金って何?

 国民年金って何?

僕は学生だから払ってないけど、
心の底から払いたくないと思います、国民年金。
できることなら老後の金銭管理は自分自身でさせてもらいたい。
まあ、そんなの通らないことくらいわかってるんだけどね。

【国民年金に加入することは法律上の義務】

もし義務でなければ多くの若者は加入しないんじゃないかと思います。
25年以上の納付がなければ意味がないようだから。
月額14,410円・・・年間172,920円・・・
25年間4,323,000円・・・・!!!!
フルの40年間だと6,916,800円。。。

【国民年金は本来損得の観点から見るべきものではありませんが、敢えて計算しても、平均的に長生きすれば、支払った保険料の総額より生涯受け取る年金額の合計の方が大きく、決して払い損にはなっていません。】

さて、上記ほどの金額が宙に浮いてしまい、誰がどれだけ払ったかわからなくなってしまったというのだから困り者である。そんな事態になり、一体進んで国民年金に加入する人はいるだろうか?自分で貯めたほうがいいではないかと思ってしまうのは当然でしょう。しかも、僕は平均的に長生きする自信がない・・・w

是非とも国民年金への加入を義務から任意にしてもらいたいものである。
絶対と言い切れるくらいあり得ないと思うけど・・・。


国民年金って何?

A. 搾取・・・w


第二次学生運動は起こるだろうか?

最初に断っておきますが、ちょっとアホな妄想記事です。


森田童子 「みんな夢でありました」


この映像にこの歌詞・・・考えさせられますね。1960年代後半から1970年の前半にあったらしい全共闘運動時代のものです。大学闘争というのはWiki調べの知識とテレビで見たような映像のイメージしかないけれど、ホントに想像を絶するものだったようだ。機動隊ともみ合って亡くなった人もいるくらいに。。。今の民主的で自由な大学の状況は、この学生運動の歴史なくしてありえなかったであろう。


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就活生の職業選択に"BEST"はない・・・?

今更ながら内田樹氏のブログを色々読んでみた。
その中で、創造的労働者の悲哀という1年以上前のエントリーが、とても興味深かったのでちょっと書いてみたい。内田氏のブログの内容を相当シンプルに紹介しているので、いくらか捻じ曲がって読み手に伝わるだろうということを最初に断っておかなければならない。

まず、将来ニートかフリーターになる可能性があるかもと危惧している東大生が28.3%もいるという調査から、職業選択の話に移る。東大生が就職に有利なのにもかかわらず1/4以上がそのような危惧を抱いているのは、働く先を贅沢に選んでいるから。

というようなニュアンス。確かに、選り好みしなければ割とすんなり正社員で雇ってくれる会社もあるはずである。

ただ、幼児期から大学3年生までくらいは、職業選択というのは理想論に溢れているのかもしれない。大学生ともなると、僕のように、あまりの選択肢の多さに夢が持てずに、「とにかく条件のいい会社・機関で働きたい」というように考える人も少なくないと思う。むしろそれが大多数といえるくらいかもしれない。

希望通りに活き活きと何のストレスもなく仕事をしている人はせいぜい1%で、我慢しながら仕事をしている人がほとんどであるというようなことを述べている。労働は、国民の義務でしかないのだ。そのような仕事でも、決められた仕事の中に創造性を見出すことは可能だが、労働に自らの創造性(オリジナリティ)を求めすぎて職業選択に苦しむ人々がニート・フリーターになってしまうのだろう。

まさに、人事ではない問題だ。僕自身は、最初に就く仕事を考えている最中なのだが、業界・職種がどうとかいう拘りは薄くて、キャリアデザインを描くためのはじめの一歩で構わないと思っている。多分、就活のために2,3の業界を絞り上げ、それなりに勉強して、自分を雇ってくれるところを探すということになるのだろう。業界や職種よりも、一緒に働く人々が良いことを祈るのみ、というかそれが一番大事なのかなと、もうすでに働いている人々の経験談を聞いて思う。

大学院進学を選んでも、就職活動は1年後に迫っているわけで、そのことを心配せずにはいられない。しかし、就活の前に大学院生活のことを考えなければならない。

専攻上、教員免許状は取得すべきだと思うが、実際にはどうしても高校の英語教員になりたいというほどの意欲があるわけではない。あくまで、先生は経験したい職の一つでしかなくて、会社勤めとどちらがしっくりくるかということでしかない。むしろ、大学院には、沢山本を読んで、研究したいから進学したので、1)研究 2)生活のためのバイト 3)プライベートの時間 4)教職 という優先順位が僕の頭の中にある。更に、教職を修了するために1年余計に学生をやることにも抵抗を感じる。教職課程を経験しないで教育関連の修論を書くという考えがよくないのはわかっているが、2年間で修士を終えたいというのが本音。。サッサと経済的に自立したいという思いも捨てきれない。。これは早急に答えを出したいけれど、まあ5月くらいになってみないとよくわからないだろうと思う。。

会社勤めとなれば、今では二つ以上の業界で就労することも珍しいことではないだろう。「人生で1度くらいは転職するのが当たり前」と思われている節もあるのでは。だから大学生(大学院生)の就職活動は、生涯65歳くらいまで働くその第一歩として重要であるが、そこに骨を埋めるほど決定的なものではないことを気に留めておかないといけないかなと思う。

人生では死が終点なのだから、それまで色んな駅や乗り換えがあっていい。辛い時期ももちろんあるだろうが、それを乗り越えてわかることに価値があるのだろう。


こんな姿勢で、シュウカツに臨もうかなと思います。


大学院進学という選択肢

自分自身のことについてはある程度の匿名性と抽象性を
持たせなければいけないから、このブログではちょっと難しいけど。。

学部4年生から大学院1年生になることが決まりました。
とりあえず春から所属するところが決まって一安心です。

しかも、一人暮らしを始めることに・・・!!
アパートも決め、引越しの日程も決まり、
徐々に新生活へ歩き始めています。



僕は、大学院進学という選択肢を2年次の後期くらいにはもう考えていた。
3年次の3月末に帰ってくるという留学との兼ね合いもあってね。
思い返すと、随分長い間の指標だったな〜

大学院進学の大きな理由の一つとして、
まず学部卒が普通である世の中への抵抗がある。
学士が普通である世の中なら、修士になるべきだと。。
しかし、理系の大学院進学は就職や技術面で利益に準ずる
選択であるというと認知されている一方、
文系の大学院は無駄だろうと言われることが多いと思う。

では、文系の学部はなぜ無駄ではないのか?
それは理系の大学院進学と同様、就職に役立つからだ。
直接的に言えば、学部時代に得た知識・経験ではなく、
大卒というステータスのみを評価しているということだ。
そういった評価をする主体は、我々社会の構成員であるから、
同様の見解が広まるのであろう。。

それでは、文系の大学院はなぜ無駄なのか?
それは恐らく、何を学んでいようがすぐにお金にならない上に、
年齢を2歳ほど重ねて就職する場合は学部卒より不利になるから。
しかし、僕は大学院で得られるだろう知識と経験を重要視したい。
学部での4年間より、濃い実りある2年間になると思います。
高等教育での勉強の仕方を徐々に理解してきたから。

2つ目は、学部4年間の勉強量がやっぱり足りないから。
語学に必死で精一杯だったため、
ロクに特定の分野を勉強していなかった1〜2年次、
留学中から多文化主義に関する社会学や社会人類学の本や
この2つの基礎的な内容(学問史や理論)も読書して学びだし、
やっとこさ特定の分野を勉強した3〜4年次。。
そして失敗作の卒論(苦笑)修論でリベンジしなくては…!!


苦悩の果てに・・・Labyrinth in poststructuralism

久しぶりにブログ書いてみます。ここは、はてな○イアリーのように不意に知らない読者が増える場所ではないので、やっぱり極めて個人的なことも書きます。とゆーか、この記事はある種のカミングアウトです・・・orz 大体書き起こした後の感想だが、悩みすぎ・・・自分頭悪すぎ・・・と自分で若干ひき気味になるくらい思う。

実は、最近いろいろ将来について、卒論・研究について思い悩んでいて、軽度のうつ状態にすらあったかも知れないくらいの状況でした。だから、亀田問題はおろか、民主党党首、小沢氏のパフォーマンス辞任発表+辞任撤回のことも、サブプライムローン問題の対処への不信任による株価・外貨の値動きについても触れる気になれず。。更にニコ動やスポーツナビブログ等のネット書き込みを見ていたら、この精神状態に陥る原因となった『言論の力への不信任』に拍車をかける形で僕の中に情報として入っていった。心の現代病とかいうけど、ある種の書き込みをする方々も、自分自身も疾患しているような感じすらします。

さて、僕が現在の卒論テーマに対して無気力になった理由は、その結論から得る虚無感にあり。。多文化主義(Multiculturalism)とは何ぞや?という基本的な疑問に対して調べているときに、いくつか妥当な議論はされているものの、最後には『誰もが納得する答え・定義などはない』という帰結に行き着くという逃れられない道筋があることに気づいた。。右派・左派のみならず、分類すれば5種類ほどある諸多文化主義。特に、いわゆる知識人による右派・左派の批判合戦など、考え方の違いにより起こる人間の争いは、ローカルでもグローバルでも終わることがないことを想起させる。

ここで、僕は自分の明確な立場を決めるべきなのだが、a)それぞれ良い点が見られるから分類されたどれかに終着点を置きたくない(5種類のハイブリッド理論構築みたいな感じ?)、b)だがそれは果てしなく遠い道のり(っていうか卒論レベルでは完全に追求不可能で、まあ10数年かけて答えを見つけるべき問い)、c)だからといってマルチカルチュラリズムを主題に研究する理由が無い(将来の仕事に関連して)、d)そもそも修士を終えて就職と考えていた輩の具体的な研究って・・・?などと思い始め(行き着く先は結局会社員しかないだろうと思い込んでいたのかも知れない…><)、e)やはり進学に当たっては職業と勉強内容が合致するテーマの方が良いのではと今更考えを改めたくなってきて、f)日本の英語教育への関心から、英語の先生になるっていう道もあるな〜という安易で恣意的な進学理由が僕の心の中で強くなってきたという、ヒドい考えの変遷を経てきた。

この点は今も頭を悩ませているところ。。進学先が決定していればもっと悠長に考えられるのだが、まだ決まってないから余裕が全く無い。。誰か助けて下さい(失笑)


ここからは僕をニヒリスティックにしたポスト構造主義、特に脱構築についてうだうだと書いたので、興味のある方だけ続きをご覧下さいということにします。


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イメージングが現状打破の鍵か・・・?

最近、ブログをつける気にならなくなった。その理由は僕の好きな俗的な言葉、『メンタル面』ではないかと思う。妙に、気になったニュースについてしっかり分析してからブログに記すべきだとか意気込むから、ニュースの事柄を追いかけても書くところまでいかない。自分が納得するまで分析はできていない、いやそもそも自分にそんなすっごい分析なんてできないだろうと。。

そんな現状を変えるヒントを、今さっきテレビでみた『イメージング』にみた。

理屈は非常に簡単である。自らの思い込みが自らの可能性を制限している。だから、理想の現実を具体的にイメージすることで、現状を理想に近づけようとすれば、大なり小なり改善する、ということである。

最近の自分といえば、思考回路が非常にネガティブだ。故に目の前の作業から逃げがちである。時間的に追い詰められなければ、何をやろうとも思わない。とてもキケンである。。Student Aparthyか・・・?

その下向きな考え方、最悪の場合を想定する気持ちこそが予期する範囲かそれ以上の悪い結果をもたらすのだろう。

だとしたら、今できないかもって思っていることを、できると思い込めばいい。理想の現実のために着実にステップを踏むのも、イメージングのうちだろう。

自分にもイメージングでのいい効果をあげた経験はある。小学生のとき『シャワーを浴びる前に冷たい水をすねにかけると風邪を引かなくなる』という噂を完全に真に受けたところ、それ以来風邪は引いても高熱はでたことがない。
歯を磨いた後に牛乳を飲むと歯にしみる=歯に直接カルシウムを補給している・・・
歯磨きは歯を傷つけているから、牛乳がしみるのだ。
と今でも思っている・・・w
おかげで人生でまだ1度しか歯医者の世話になったことがない。

お笑い種のエピソードでも、結果は伴っている。。。
マンガでいう『愛すべきバカ』になればいいのか。

信じることが大切なのかもしれないね・・・!!



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self-hatred

I am prone to feel self-hatred ショック
I don't intend to compare with me and other friends ムニョムニョ
But sometimes I cannot help thinking such a way
that is insignificant when I think of myself down
How introvert I am, how coward I am, how awkward I am,
how immature I am, how lazy I am, and how unskilled I am 撃沈

All of these facts are obviously judged from my perspective
which carefully sees others' good points...
Of course there's no perfect person in this world YES!

People tend to desire what they don't have in terms of
mentality, physical, skill, whatever 星

I have learned from some comic which deals with surgeons 病院
An experienced man said

"That's not shame that you cannot do"
"But it's shame that you leave" 

できないことが恥じゃない、
できないことを放っておく事が恥なんだ!

That was shocking ! I am really ashamed 汗
But the more embarrasing thing is that
I cannot keep on following that thought ムニョムニョ

Ah〜, Where am I going おや?
Japa〜n, where are you going たらーっ (that song really exists ) !

Even I decide the goal before study abroad,
I am wandering in such feelings down
One thing, that's lack of practice ピピピ


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